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Creators' Heads

2010年4月12日

クリエイティブの遺伝子 第1回:VFXスーパーバイザー 古賀信明さん 其の二

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クリエイティブの遺伝子

VFXスーパーバイザー 古賀信明 さん

第1回

VFXスーパーバイザー

古賀信明 さん

Nobuaki Koga

其の二:

やればやるほどアナログの限界が見えたところにデジタルの波が来た
クリエイティブへのこだわりは、映画の中のリアル

■ アナログからデジタルへ移行はどのようなものでしたか?

フィルムというのは、不可逆性のものですので、ビデオと違って一度撮影してしまえば、それを元に戻すということができません。それは緊張感がある反面、実際に失敗してしまえばそこで終わり。もう一回ゼロからやり直さなければいけません。例えば10回合成して一つの画を仕上げるのに、最後の10回目で失敗すると、ほかの9回目までの作業というのは水の泡になってしまうんです。だから、もっとこういうことできないんだろうか、他に良い方法はないかとずっと考えていました。そこで、フィルムの合成装置を自分で作ったり、いろいろな仕掛けを作ったりしていたんですけれど、逆にやればやるほど、限界が見えてしまっていたんですね。

そんな時、ILM(Industrial Light and Magic)でマットペインターをしている上杉裕世くんが、丁度ダイハード2(1990年)のラストの飛行場のシーンのマットペイントを担当して、彼から、あるソフトを使ったという情報をもらったんです。それが、Photoshopでした。それを聞いた僕は、これだ!!と思ったんです。(笑)今まで油絵と、いろいろな素材を組み合わせてアナログの手法で描いていたものが、これからどんどんデジタルになっていきそうだと強烈に感じました。

ただ当時は、ソフトやハードは、低い能力であるにも関わらず、軽く100万、200万する時代でした。おいそれとは手が出ないと思っていたんですが、ある Macの雑誌の広告に、Macintoshのクアドラ950というのが安く出ていたのを見て、使ってみようと思ったんです。確か8MBのメモリと、2GBくらいの HDがついて、40万程度でした。そのマシンのメモリを100万円ほど掛けて200Mに増設し、Premiereと、 Photoshopを始めました。Photoshopは、バージョン2か3かくらいだったと思います。その時は、もうこれで絵の具で作業していた不可逆なものからさよならできるという意味で、凄い期待がありましたね。今までやれないようなこともどんどんできるだろうなと思ったわけです。しかし、こんな早いスピードで、凄く高性能なマシンやCGソフトが、安く使えるようになる時代が来るとは思っていませんでした。アナログ時代の限界を知っている者にとっては、本当に夢のような現実ですよね。それはもう、デジタルに感謝、感謝の毎日です。

■ デジタルを使った最初の作品は?

一番最初に Photoshop を使ったのは、「ノストラダムス戦慄の啓示」(1994年)という作品です。「RANPO」で作った自分の作画合成機は、十分実写と絵を合成できるようになっていました。しかし、写真を見て絵を描くくらいなら、写真をそのまま使えないだろうかと考えて、Photoshop を使ったんです。Photoshopで、写真のパースを直し、色を直し、そして、合成用に使える絵にした後、一度4x5のポジに出力します。それを、堀内カラーなどのプロショップに持って行って大きく引き延ばして、画板に貼ってフィルム撮影の合成に使いました。これまで画板に絵の具で絵を書くところを、写真に置き換えたこの合成が、最初のデジタルでの仕事ですね。

■ デジタル化が進むなか、アナログに対するこだわりはありましたか?

昔はありました。例えばあがったものがビデオだと、ダイナミックレンジが狭いことが、一目見た瞬間に判るんです。だから、フィルムの方がいいよね、という考え方が成り立っていました。けれども、今は、ダイナミックレンジはかなり広くなりました。プロ用のデジタルムービーキャメラで撮られた映像はもちろん、民生用のビデオを見ても、これは、もはやアナログのメディアにこだわっている場合じゃないなと思いますね。やはりフィルムじゃないと駄目だよ、というのは、僕はもう一切ないです。実際、デジタルには、フィルムを超えている部分というのがあると思います。

■ デジタルがアナログを超えたというのは、ビデオがハイビジョンになってからですか?

もちろんそうですね。決定的な印象を持ったのは、一昨年、SONYのF35(スーパー35mm相当の単板CCDを搭載したデジタルシネマカメラ)で撮影した映画のVFXを担当した時のことです。この作品で、非常に後処理が難しいカットを頂いたんです。そのカットは、ストーリーから言うと、凄く綺麗な風景であってほしいシーンでしたが、現場では曇ってしまったんですね。けれど、現場では、スケジュールや、予算の関係で、撮りきってしまわなければならず、止むを得ず撮られたカットだったんです。最初にそのカットを見た時は、これまでの方法では、狙いのような綺麗な絵にできないだろうと思っていたんです。ところが、そのカットを仕上げた時、F35のデジタル素材の底力というものを見せつけらたんです。そこで、考えは確実に、アナログから、デジタル、というふうに切り替わりました。ある部分においては、もう今、時代はネガを超えたなと思います。

それまでは、やはり素材はフィルムで撮らなきゃ駄目だよね、という話はありました。確かに、同じHDでも収録がHDCAMという強い圧縮が掛かったものでは、ブルーバックで抜けが悪いといった問題があります。しかし、HDCAM-SRという低圧縮で記録する方式であれば、ダイナミックレンジ的にも、実用に耐えるものがあるし、ブルーの抜けもよいので、メディアによっては、デジタルでやることは全然問題ないと思います。それにお客さんは、プロが気にするような部分を、全然見ていなかったりするんですよね。この仕事は、最終的に、マスプロで他人の資金を預かって、当然資金を回収した上に、利益を上げなければならないという経済活動です。だから、プロたるもの、もっともっと優先順位の高くこだわる部分があるのではと最近思うようになりました。お客さんが気にならないという部分は、それをちゃんと読んで、線引きをした上で仕事するというのが、本当のプロだと思っています。

■ 今、どのような特殊効果に興味がありますか?

今、ZBrush(ズィーブラシ)、日本だとゼットブラシと呼ばれる3Dモデリングソフトが面白いですね。CGソフトでもモデリングソフトはいろいろありますが、やり方がデジタル的な発想の物が多いですね。ZBrushは、粘土を扱っていた人に特に親和性があるソフトだと思います。造形をやっていた僕らからみると、まるで本物の粘土を使っているかのように、形を作ることができるので、非常になじみがよかったです。今は3Dでいうと、昔の彫刻の経験がそのまま使えるという部分で、このZBrushというのは凄くいいなと思っています。

僕の中では、最初にこういう映像がいいよね、というのが先にあって、はじめてどう作るかを考えますので、先にデジタルの道具でアレが出来るから、ああしたいこうしたいというのは、あまりありません。今は、更に道具のバリエーションが増えていて、使い方すら判らないソフトがたくさんあります。ただ、それを全て自分がやらなくてもいいと思っています。あとは優秀な若者に、こういうものを作りたいときちんと説明して、作ってもらえれば、それでいいと思っています。

■ 今後は、特殊メイクもデジタル化していくと思われますか?

これは、難しいと思います。特殊メイクがストーリーの全編で出てくる場合は、圧倒的に従来のアナログの方が安いと思います。例えば、ある登場人物が、映画の最後の方で年老いて死の淵にいるというようなシチュエーションの場合、そこだけ特殊メイクが使われるという場合なら、おそらくデジタルの方が、効果が高いと思います。費用もそれほど大きく変わらずに実現できるのではないでしょうか。

問題は、アナログの特殊メイクのデメリットです。一つは、俳優さんが、その日の現場開始に先立つこと、5、6時間も前に来て、メイクを始めて、現場に望むという俳優の時間的大きな負担があることです。更にアナログの特殊メイクは、メイクを貼りつけた瞬間から劣化がはじまってしまいます。極端に言えば、“出番待ち”は劣化との戦いです。そういう物理的なデメリットに加え、俳優さんのストレスという問題があります。また本人が特殊メイクに肯定的であっても、皮膚がアレルギーなど拒否反応を示すことがあります。デジタル特殊メイクは、こういったアナログの問題を解決し、俳優さんを救うことができると思います。更には、撮影後、顔の形を変えたり、あるいは表情を変更したり、部分的に編集をしたりということができるのも、デジタル特殊メイクのよさです。デジタルでの処理に掛かる予算に、プラスアルファ、表現の余白ができるという考え方を持って頂けたら、デジタル特殊メイクを採用してもらう、というのは大きなメリットがあると思います。

■ 監督さんなど他のスタッフと意見がぶつかった時、どうされますか?

納得いかない時は、モノを見せます。例えば、過去に作った作品とか有名な絵画、写真を見せたり、場合によっては簡単なテスト映像を作ります。あるいは言葉で、「観客に伝えたいというのはこんなことですよね、だったらこういう方法でどうですか?」といったことを言うということもあります。でも、それで、違うものがいいと言われれば、「判りました」と納得します。基本は譲り合いですよ。それに作品というのは、僕のものではないので、最終的な判断の基準は、もちろん監督やキャメラマンですから。

■ 映画やテレビ等、異なるフィールドで、アプローチの違いはありますか?

当然あります。例えば、その映像を見るお客さんがどういう客層かということは、いつも考えています。それが映画館であればお金を払って大きなスクリーンで見るという条件、テレビ番組ならコマーシャルに挟まれて番組があるという条件があります。同じテレビでも、コマーシャルであれば、伝えたい商品にどう興味を持ってもらえるか、どう魅力的に、面白いと思ってもらえるか、ということを常に消費者側に立って考えるようにしています。もちろん、間に立っているプロデューサーや代理店、もっと現場寄りの監督たちの意見は大切ですが、まず第一優先として、僕はスクリーンやテレビの向こう側にいる人たちのことを考えてしまいます。

■ クリエイティブで、一番にこだわっていることは何ですか?

リアルです。リアリティ。リアル、イコール、映画として正しいかというのはまた疑問ですが、ここで言うリアルは、現実のリアルではなく、監督が求める世界観の中での、違和感のない映画としてのリアル感です。

例えば、普通のドラマでも、全然気付かないようなところで、リアルな合成、リアルなCGという物は沢山作られていると思います。ですので、特にこれがいいリアルだ、という例はないです。逆にこれはやりすぎでは?と思うのが、例えば「トランスフォーマー」(2007年)です。一番最初にやり過ぎだなと感じたのは、「スター・ウォーズのエピソード1」(1999年)でした。それまでジョージ・ルーカスは、エピソード4「スター・ウォーズ」(1977年)、5「帝国の逆襲」(1980年)、6「ジェダイの復讐(帰還)」(1983年)と作って、アナログの世界に一段落つけていました。そして、デジタルがある程度成熟した頃、満を持して作られたのがエピソード1ですね。そのエピソード1を見て、確かにこれまでうっ積していた物をここで晴らすぞ、という気持ちは理解できたのですが、それは映画的に正しいことなのかと疑問に思ったんです。僕には単なる豪華なカタログを見せられているような気がして、少しも映画を見ている気にならなかったんですね。正直、これは映画として間違っていると思いました。映画というのは、人の心に響いて、始めて成立するものです。しかも映像は、一定の限られた秒数の中で、知覚できるその情報収集量が、限られています。ですので、それをはるかに超えた映像、例えばエピソード1の戦闘シーンといったものは、論外だなと思いました。とにかく、こだわるだけ拘ってやればいいっていうというものではないですよね。そういう映画は、映画じゃないな、と逆に憤りすら感じました。

其の三に続く

〜 次回予告 其の三 〜

多くのお客さんは、映画を見る時、VFXを見に来るのではないと思う
アナログもデジタルも両方見渡せる視点が必要だ