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Creators' Heads

2010年11月15日

クリエイティブの遺伝子 第5回:映像ディレクター 篠崎亨さん 其の二

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クリエイティブの遺伝子

映像ディレクター 篠崎亨さん

第5回

映像ディレクター

篠崎亨 さん

Toru Shinozaki

其の二:

アニメは自由な発想で、何でもありの世界がゼロから構築できる。そこが一番面白いところ。SFやファンタジー映画も似ているかもしれないけれど、現物ありきで始まるから、制約は大きい。自在に作れるアニメの魅力は捨てられませんね。

■「あらしのよるに」は映像ディレクターとして参加されましたが、具体的にはどういう仕事をされたのですか?

CGディレクターであり、撮影監督であり、最終の仕上がりまで責任を持つということです。また、デジタル処理に関する全般についても範疇になります。アニメーションの制作は、アナログ時代には作画・背景と撮影の作業は完全に分業でしたが、デジタル化された現在、その境は曖昧というかクロスオーバーしてきました。かつては、撮影が絵作りに関してできる範囲は絞りやレンズの調整、フィルムの現像具合の調整などで、撮影現場で出来ることは限られていましたが、仕上げがデジタル化された今、絵作りの幅がドカンと広がったんですね。アナログの撮影で難しかったことがデジタルに変わって、色の調整、光の硬さから柔らかさ、何でもできるようになった。だから、その場面場面でいったいどういう情感を伝えるべきなのかという事を、色と光でもっと明確に表現できるようになったわけです。このシーンやカットでは、どんな気持ちをお客さんに伝えたいのかをまず考え、その気持ちを伝えるために最適な色は何なのか、最適な光は何だろうということを考えていく。そのために、どのように作画や背景の素材を作っていくかという方向性を打ち出す事も僕の仕事です。

このようなことは「イノセンス」の頃から意識し始めました。「イノセンス」で僕が関わった約200カットは、CGによる背景の素材作りの段階からこういう絵を作るという設計ができているので、素材を渡して撮影をお願いするよりは、自分たちでやらせてもらっていました。
「あらしのよるに」以降関わっているほぼ全ての作品では、CGディレクターと撮影監督を兼任するようなスタイルで仕事をさせてもらっています。ちなみに、映像ディレクターという肩書きは、このような立場の職種がこの業界にないので、勝手に監督の杉井さんが考えたものです。

■ デジタル化により出来ることが増えたことで、映像ディレクターの役割が必要だということですか?

増えたという言い方はちょっと間違いで、やり易くなったというべきかな。アナログ撮影だって、スターウォーズとか何枚もの合成をやっていたわけです。でも、アナログだと時間が掛かるし、デジタルはアナログに比べて手早く、しかも複雑な処理が出来るということです。
例えば、画像の特定の部分だけ色を変えるなんてことは、アナログ撮影では難しい。それをやるには、はさみでマスクを切ってというようなことになるわけです。ところが、デジタルだったらアナログと比べると比較的容易にマスクを拾って処理できる。
色々な事に時間を割かずに出来るようになったからこそ、もっともっと作品の情感を伝えるためには、どんな色彩や光での絵作りが必要かを考える事が大切なんです。

■ 実際の制作上で映像ディレクターとして、3DCGディレクターと撮影監督を兼任する事のメリットとは?

最大のメリットは、素材の受け渡しがシームレスにできるという事ですね。今までは、3DCGで作った素材を撮影に渡すと、撮影監督の範疇になるわけですが、僕は両方の素材を知っているので何ができるのかも知っています。これだったらCGの素材をこういう風に作っておいた方が良いというような判断がつくので、撮影とCGの作業がスムーズに流れるわけです。

もう一つは、具体的な制作方法を決めることができるということです。例えば、撮影と3DCGではツールが違います。撮影はAfter Effectsで、3DCGなら3dsMAX、Lightwave3D、MAYAなどで制作しますが、撮影のツールと3DCGのツールでは、それぞれできることが違います。例えば川の流れを作る場合、カメラワークやレイアウトによっては、3DCGで制作しなければ不可能な場合と、撮影処理で比較的容易にできる場合とがありますが、3DCGでやるの?撮影処理でやるの?といったことを、撮影監督とCGディレクターが別れていると、それを決めるのは誰なの?という事になります。そうすると、その上の人が決定したり、お互い話し合いをしたりするわけですが、その分のタイムラグができてしまう。また、決定する人に知識があればいいのですが、知識がなく非効率な方法で決定されればさらにスケジュールの遅延が出てしまう。そのようなことを防ぐこともできます。
また、手描きによる作画でアニメーションを制作するのか、3DCGによるアニメーションで制作するのかといった判断も行います。たとえば、サイコロを転がすカットがあったとします。サイコロは手描きの作画でも可能ですが、3DCG向きの素材でもあります。このようなアナログとデジタルの境目の判断も仕事の一つです。作画とCGの作業進度やカットの重要度などを鑑みて判断します。もちろん、他のセクションが絡む場合は、それぞれのセクションのリーダーと話し合って決めます。作画は手一杯だから、この部分はCGや撮影処理で何とかならない?などの相談も受け付けます。

映像ディレクター 篠崎亨さん

■「あらしのよるに」は、吹雪とか背景に多くの自然現象が盛り込まれていますが、どのように制作されたのですか?

吹雪などは3dsMAXのパーティクルで制作しています。水処理なども3dsMAXで多く部分を作っていますが、一部にAfterEffectsのフラグインで処理しているところもあります。
多くの自然現象のカットは3dsMAXをメインに使っていましたが、After Effectsでもかなりそれに近い処理が出来るプラグインもたくさんあって、それらを使うのはとても便利で短時間でできるメリットはあると思います。ただ、僕の場合は、基本は素材から作るべきかなあという想いがあります。それをベースにして、二つ目の選択肢としてAfterEffectsのプラグインを使います。例えば、Trapcode Particularなど有効なものは数多くありますけれども、僕はどちらかというと、まずは3DCGのツールで素材をつくりますね。3DCGのツールのパーティクルは、AfterEffectsのプラグインと比べると、かなり細かい制御が可能です。自然現象といえども単にリアルに動いているというだけではいけません。映画の中では、情感を表現するための重要なアイテムとなりますので、より細かな制御が必要になるわけです。どうしても、ちょこっとだけ足したい時に、+αでAfterEffectsプラグインを使います。だからといってAfterEffectsが劣っているということではなく、とても使いやすく非常によくできたツールだと思います。

■ シーンの何処でCGを使うのかという判断は、監督が決めるのですか?

最終的には監督が決めますが、こちらから提案することもあります。
「あらしのよるに」では、僕から、オオカミとヤギが初めて出会う山小屋のシーンの背景は、3DCGでやりたいと提案しました。その山小屋は中が真っ暗なんです。ヤギもオオカミもお腹をすかせているけど、山小屋の中が真っ暗で、ヤギはお互いがヤギ同士、オオカミはオオカミ同士だと思って話をしている。本来、お互い食うか食われるかの関係なのに、気付かない。その会話のギャップをコミカルに楽しむシーンなのですが、見えるか見えないかの薄暗い明かりの中で食うか食われるかの緊張感も作らないといけない。100カットくらいあるのですが、この背景を3DCGでやらせてくれと言いました。そうしたら、杉井さんが「CGだったらカメラ自由に動かせるんでしょ」とコンテ変えて、カメラを容赦なく動かしてきました。作画によるキャラクターアクションだけでなく、背景を3DCGで制作したことによって、カメラの制限から解放され、コミカルさはカメラワークで、緊張感は色彩と微妙な明暗のコントロールで、うまく情感を強調することができ、デジタル化によるメリットを活かせたシーンになったと思います。こうした場合も、背景素材の作り方やキャラクター作画の描き方のオーダーなど、最後の絵作りまでトータルで考えておかないと微細なコントロールが出来なく、監督の要求に応えられないんです。そういう意味でも兼任していたメリットは大きいと思います。

■ 以前は実写に興味があったという事ですが、篠崎さんにとってアニメの魅力ってなんですか?

実写は、実際にある世界からフレームで切り出し、映像を紡いでいくというのが基本的な考え方ではないかと思いますが、アニメはその逆で、フレームの中に自由な発想で、ウソであろうとも何でもありの世界をゼロから構築できる。そこが一番面白いところですね。その反面、アニメの制作は本当に地道で、とんでもなく面倒くさい世界ですが。
SFやファンタジー映画も似ているかもしれないけれど、現物ありきで始まりますから、そこに合わせるCGは好き勝手には作れない。実写の世界と合うように作らないといけないので、制約は大きい。反してアニメは最初から自在に作れるわけです。油絵や水彩画のような質感の映画を作ることもできます。その魅力は捨てられませんね。

■ 作品を制作する上で、一番こだわっている事は何ですか?

繰り返しになりますが、やはり最後の最後まで情感を如何に伝えるかについて悩んで悩んで、上がる直前までずっと考えます。
情感を出すために、どんな手法があるのか、色だけですむのか、レンズのフィルター効果を使わないといけないのか、光を足すのか、引くのか。
日頃,僕はよく本屋に行って、写真集を含めビジュアル本を片っ端から見て回ります。なにか面白い効果はないか、ヒントやネタを探しまくるんです。
それと、夜中に散歩に出てカメラを持って撮影します。街灯だとか家の光だとか、いろいろな色の光が混ざって思いもかけない写真が撮れることがあるんです。とても参考になります。
ただ、シャッタースピードを遅くしないと撮影できないので、10秒位カメラを置いてじーっと待っていないといけません。人目にはめちゃめちゃ怪しいと思います。交番のおまわりさんがチラっと見るとドキっとしちゃいますね。(笑)

映像ディレクター 篠崎亨さん

■ 今後、やってみたい映像表現や、興味のある表現手段はありますか?

逆説的な事を言って申し訳ないけど、あまりやりたくない事はあります。3DCGで作品を作る際、ピクサースタイルは避けたいということです。「よなよなペンギン」でフル3DCGの制作に関わりましたが、一番こだわった事はピクサーと同じような事はしたくないということでした。ピクサーの作品は、CGとしての王道のような感じがします。絵の質感もCGの硬質感を継承していると思います。最新のテクノロジーをつぎ込んで、その時点で出来る最高の映像表現をして行こうとし、その表現がCGの硬質感を消すことを最優先にしていないと思います。また、カメラワークやレイアウトも実写的に感じられます。絵を丁寧に手作業で積み上げて行った印象も希薄に思えます。もちろん、ピクサー作品の凄さもよくわかりますし、日本のアニメへのリスペクトも強く感じられます。また、彼らが作ったツールの恩恵も我々は受けていますし、手作業で積み上げて行った印象が希薄なのも、彼らが作ったツールがとても優れている証拠だと思います。ただ、彼らの目指しているものは、アニメではなく、究極のCG表現ではないかという印象を持っています。日本のアニメに慣れ親しみ、苦しんで作ってきた身としては、ちょっと違和感を感じていて、もし、自分がフル3DCGの映画制作に関わるのであれば、ピクサーのスタイルとは毛色の違う作品にしたいと常々思っていました。ピクサーに対しての嫉妬もちょっとあるんですが。
そんなとき、りんたろう監督がフル3DCGの映画を制作するという。しかも、これまでの日本のアニメのノウハウを活かした、ピクサーとは対極にあるような全編絵本を見るような作品にしたい、ということで「よなよなペンギン」の制作に入りました。僕としても渡りに船でしたのでチャレンジのし甲斐がありました。今までのフル3DCGの作品とは毛色の違うものが出来たのではないかと思います。これからも、ちょっと毛色の違った作品に関わっていきたいと思っています。

■ (おまけ)好きな映画は?

・ブレードランナー(1982年)
・2001年宇宙の旅(1968年)

「ブレードランナー」ですね、あの、じとーっとした世界。
それまでのSFは白い銀ピカの世界でしたが、巨大ビルが立ち並んで、巨大スクリーンから強力わかもとが出てきたり、最初ビデオで見た時は、なんて汚いSFかと思いましたが、世界観が面白いと思いました。その後東京に出てきて初めて劇場のスクリーンで見た時は、その世界観に、腰を抜かすばかりに圧倒されました。

「2001年宇宙の旅」。当たり前のようですが、しょうがない。嫌いとは言えないですね。最初は漠然と、最後のスリットスキャンの、光の洪水のシーンが気持ちよくって好きだっただけなんです。中身の印象は、わけがわからない映画だと思ったのです。ただ、もう1回見てみると、実に細かいところに凝っている。その後何度も観るのですが、そのたびに何か発見があって飽きません。演出の流れも完ぺき。猿が、骨をふわっと投げて宇宙船になった瞬間、うわーって思いましたね。人類の進化の時間経過をたったこれだけに凝縮してしまうを表現力。衝撃でしたね。